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横浜港「象の鼻」 再整備 

060302h2.jpg山下公園とみなとみらい地区を結ぶ貨物線跡「山下臨港線プロムナード」から見ると、横浜大さん橋と赤レンガ倉庫の間にちょっとレトロな“船だまり”があります。
このあたりが象の鼻地区です。

060302h1.jpg象の鼻とは この船だまりの防波堤の通称です。上から見ると少し曲がっていて象の鼻に似ていることに由来します。
関東大震災後の復旧工事で以前より直線的になったようです。

060302h4.jpgこの象の鼻が横浜港の原点なのです。
この写真は臨港線プロムナードのガード下(大桟橋入口)にあり、明治末期の様子です。
安政6年(1859年)6月2日に横浜は開港し、港には東波止場(イギリス波止場)と西波止場(税関波止場)の二つの波止場が作られました。そのイギリス波止場が時代とともに少しずつ変化し、現在の象の鼻の原型となりました。

3年後には開港150周年をむかえます。それに合わせて象の鼻地区を再整備する計画があります。ナショナルアートパーク構想というそうで、歴史的遺産を残しながら緑地や広場をメインとした市民の憩いの場とするそうです。

060302h3.jpg近代的な都市の中に雑然とした船だまりがあるのもレトロな雰囲気があってイイと思いますけど・・観光地でもありますから整備して有効利用というのも妥当な選択なのかなと思います。臨港線プロムナードの下は利用されていませんし、マッスルシアター手前は空地で雑草が生い茂ってますからね。


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◇この記事へのコメント

『』
はじめまして。
この場所はボクもお気に入りのスポットなので、今後の行方が非常に気になるところです。
現在の東西倉庫の使われ方も独特の文化を作り出していると思いますので、その個性を伸ばす方向で考えるべきかとも思います。
横浜が歴史を語るとき「戦後復興~高度経済成長」という重要な時期をジャンプして、開港当初まで遡ってしまうあたり、非常に違和感を覚えます。
どこか「机の上の資料」だけで話を進めているような気がしてなりません...。
2006/03/07(火) 13:39:39 | URL | en-macoさん #iUEuG7NM[ 編集]
『東西倉庫』
コメントありがとうございます。
あの場所は何となく落ち着きますよね。古びた回転式クレーン?の残骸もイイ雰囲気を出していますし・・。
構想図によると、東西倉庫は撤去されて、石畳の広場になるみたいですね。日本大通りから突き抜けて海が見えるようにするようです。
赤レンガパークもそうですが、あまり綺麗に整備するのも味気ないと思います。
2006/03/08(水) 01:44:50 | URL | AlleyCatさん #zTOwoCT2[ 編集]
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